道教(Doukyo)
道教-平松直哉
大阪府枚方市伊加賀寿町
携帯 090-8528-0708
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西国33観音霊場公認先達
洛陽33観音霊場公認先達
京都12薬師霊場公認先達
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おつとめ-勤行の仕方と心得

仏教は本来、人が人を祀る宗教です。 お釈迦さまも人間・お大師様も人間であり、大日如来様の阿弥陀如来様も観音様も地蔵さまもみんな人間の形と心を備えています。
真言宗では、この様な覚りから「人はみな仏、相互供養・相互礼拝」を進行の形をとしています。仏さまに供養礼拝する心そのまま家庭と社会に及ぼすことが、真の宗教信仰なのです。

《信は荘厳から》
お仏壇にお仏具をお飾りすることを「荘厳する」といいます。
真の信仰は正しい荘厳からおこるといった意味で、「信は荘厳なり」という言葉がありまず仏壇を綺麗にすることから信仰は始まります。 掃除をし燈、花、香、茶湯、ご飯をお供えし、塗香を整えます。
三具足の場合は、中央に香炉・向かって右側に燈明、左側にお花と右燈左華(うとうさげ)と定まっています。  
 ※線香は、葬式の時は1本、その他の時は3本 お焼香は3度です。

《礼拝・読経》
読経は、「緩ならず急ならず、高からず低からず」といって落着いて中庸(かたよることなく、常に変わらないこと)に読むことを心得るべきことです。
なお、大切なことは仏さまと自分とがお互いに供養礼拝しているという、「仏われに入り、われ仏に入る」という覚りの境地に入る有難さにひたることです。

●仏前勤行次第
合唱礼拝
正座して三回拝礼します              <開始>
おん さらば たたぎゃた はんなまんなのう きゃろみ ×3
恭しくみほとけを礼拝し奉る。(うやうやしく みほとけを 礼拝したてまつる)

懺悔
無始(むし)よりこの方 貪瞋痴(とんじんち)の煩悩にまつわれて 身と口と意(こころ)とに 造るところのもろもろの つみとがを みなことごとく 懺悔したてまつる
我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)
従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)
※意味
私が昔からなしてきた様々な悪しき行いは、すべて始まりもない太古からの貪りと怒りと愚かさを原因として、身体と言葉と心によってなされたものである。それら全てを私は今みな懺悔する。

三帰
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで深く三宝(さんぼう)に 帰依(きえ)したてまつらん。
弟子某甲(しむこう)盡未来際(じんみらいさい)
帰依仏(きえぶつ)・帰依法(きえほう)・帰依僧(きえそう) 3返
※意味
仏陀の弟子たらんとする「わたし」は、未来の果てが尽きるまで、仏陀を深く信じ、仏陀の説かれた真理を深く信じ、仏陀の教えを実践する出家僧の集いを深く信じる。

三竟
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで深く三宝(さんぼう)に 帰依(きえ)し奉りとこしなえにかわることなからん。
弟子某甲 (でしむこう)盡未来際 (じんみらいさい)
帰依仏竟 (きえぶっきょう)帰依法竟 (きえほうきょう)帰依僧竟 (きえそうきょう) 3返
※意味
仏陀の弟子たる(わたし)は、未来の果てが尽きるまで、すでに仏教を深く信じ、すでに仏教を深く信じ、すでに仏陀の教えを実践する出家僧の集いを深く信じている。

十善戒
この身 今生(こんじょう)より 未来際(みらいさい)を尽くすまで十善のみおしえを守り奉らん。弟子某甲 (でしむこう)盡未来際 (じんみらいさい) 
不殺生 (ふせっしょう)不偸盗 (ふちゅうとう)不邪淫 (ふじゃいん)不妄語 (ふもうご)
不綺語 (ふきご)不悪口 (ふあっく) 不両舌 (ふりょうぜつ)不慳貪 (ふけんどん)
不瞋恚 (ふしんに)不邪見 (ふじゃけん)3返
※意味
仏陀の弟子たる私は、未来の果てが尽きるまで、生きとし生けるものを(故意に)傷つけず殺さず、与えられていないものを自分のものにせず、よこしまな男女関係を持たず、(故意に)でたらめを言わず、無益なおしゃべりをせず、粗暴な言葉遣いをせず(悪口を言わず)、
他人同士を仲違いさせるようなことを言わず、物惜しみせず無暗にほしがらず、どんなときも怒らず、よこしまなものの見方や考えをもたない。(という十の善なる戒めを保つ。)

発菩提心
白浄(びゃくじょう)の信心を発(おこ)して無上の菩提を求む、願わくは自他もろともに仏の道を悟りて生死(しょうじ)の海を渡りすみやかに解脱の彼岸に到らん
おんぼうじ しった ぼだはだやみ 3返
※意味

三摩耶戒
われらはみほとけの子なりひとえに如来大悲の本誓(ほんぜい)を
仰いで不二(ふに)の浄信に安住し菩薩利他の行業(ぎょうごう)を励みて法身(みほとけ)の慧命(いのち)を相続し奉らん
おん さんまや さとばん 3返
※意味
ほとけさまの静かなさとりの境地に住します。) 

開経偈
無上甚深(むじょうじんじん)微妙(みみょう)の法は、百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも逢(あ)い遇(お)うこと難(かた)し、我れ今、見聞(けんもん)し受持(じゅじ)することを得たり、願わくは如来の真実義(しんじつぎ)を解(げ)し奉らん。
無上甚深 微妙法 百千万劫 難遭遇
我今見聞 得受持 願解如来 真実義
※意味
尊く深く不思議な仏法をうける機会は なかなかないのですが 私たちは仏法を聞き信ずることが出来ました如来のほんとうの教法を解らせて戴きたいです
後日掲載

般若心経
般若心経は仏教の精要(せいよう)蜜蔵の肝心なり このゆえに誦持講供(じゅじこうく)すれば苦を抜き楽を与え修習思惟(しゅじゅうしゆい)すれば道(どう)を得、通を起こす まことにこれ世間の闇を照らす明燈(みょうとう)にして生死(しょうじ)の苦海(くかい)を渡す船筏(いかだ)なり 深く鑚仰(さんごう)し至心に読誦(どくじゅ)したてまつる
觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。
舍利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
舍利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不淨 不増不減。
是故空中。無色。無受想行識。
無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。無眼界。乃至無意識界。
無無明。亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。
無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故。
菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。
無罣礙故。無有恐怖。(一切)遠離顛倒夢想。究竟涅槃。
三世諸佛。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。
故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒是無上咒。是無等等咒。
能除一切苦。眞實不虚故。説般若波羅蜜多咒即説咒曰
掲帝 掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧婆訶
般若心經
※意味
後日掲載

十三仏真言
●不動明王 御真言
のうまくさんまんだ、ばざらだん、
せんだん、まかろしゃだ、そわたや、
うんたらた、かんまん
●釈迦如来 御真言
のうまくさんまんだ、ぼだなん、ばく
●文殊菩薩 御真言
おん あらはしゃのう
●普賢菩薩 御真言
おん、さんまや、さとばん
●地蔵菩薩 御真言
おん、かかか、びさんまえい、そわか
●弥勒菩薩 御真言
おん、ばいたれいや、そわか
●薬師如来 御真言
おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、
そわか
●観世音菩薩 御真言
おん、あろりきゃ、そわか
●勢至菩薩 御真言
おん、さん、ざん、さく、そわか
●阿弥陀如来 御真言
おん、あみりた、ていぜい、からうん
阿閦如来 御真言
おん、あきしゅびや、うん
●大日如来 御真言
おん、あびらうんけん、ばざらだどばん
●虚空蔵菩薩 御真言
のうぼう、あきゃしゃ、ぎゃらばや、
おんあり、きゃまり、ぼり、そわか

光明真言
となえたてまつる光明真言は大日普門の万徳を二十三字に摂(あつ)めたりおのれを空しゅうして一心にとなえ奉ればみほとけの光明に照らされて 三妄(まよい)の霧おのずからはれ 浄心の玉明らかにして真如の月まどかならん
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん 7返

ご宝号
 
高野の山に身をとどめ救いのみ手を垂れ給う おしえのみおやに帰依したてまつる願わくは無明長夜(むみょうじょうや)の闇路をてらし 二仏中間(にぶつちゅうげん)の我等を導きたまえ
南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう) 3返

回向
願わくば此の功徳(くどく)を以って、普(あまね)く一切(いっさい)に及ぼし、
我れ等と衆生(しゅじょう)と、皆(みな)共に仏道を成(じょう)ぜん
願以此功徳  (がんにしくどく)普及於一切  (ふぎゅうおいっさい)
我等與衆生  (がとうよしゅじょう)皆共成佛道  (かいぐじょうぶつどう)

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